歌やコミックにも出たポルシェ
ポルシェというドイツのスポーツカーは有名で、それのカタログがあったので紹介します。
その前にポルシェに関する事をいくつか思い出すね。
ひろしが中学生だったころのアイドルに森昌子、桜田淳子、山口百恵がいたんじゃが、その中でも山口百恵は大人びたキャラで曲もそんな感じのが増えて行った。
出典:CBSソニー 山口百恵 プレイバックパート2
代表的な曲に『プレイバックパート2』があって、歌詞の中に『緑の中を走り抜けてく真っ赤なポルシェ・・』と言う部分がある、もっとも紅白歌合戦に出場した時にNHKは商品名を出さないルールが有るとかで『真っ赤なクルマ』と言ったらしい、それほど有名な車だった。
近年ではバイクコミックを書かせたら第一人者、東本昌平氏の『キリン』というコミックにも出ている。
出典:キリン ヤングキングコミック 東本昌平
主人公が乗るスズキGSX-1100カタナとポルシェがデッドヒートを繰り返すんじゃ。
出典:キリン ヤングキングコミック 東本昌平
ポルシェ911はリアエンジンで後部にボリュームが有るので『でか尻』と呼ばれた。
ポルシェという自動車メーカー
ポルシェはドイツの自動車メーカーで正式な社名は Dr. Ing. h.c. F. Porsche AG と言い、訳すと「F (フェルディナント) ・ポルシェ名誉工学博士株式会社」となる。
ポルシェ博士と言えば他のブログ記事で書いた重駆逐戦車エレファントの開発に携わった方ではありませんか。
出典:ウィキペディア 重駆逐戦車エレファント
ポルシェ博士はタイガーⅠ重戦車のプロトタイプ案に参加したが不採用になり、支度してあった車体を重駆逐戦車エレファントにした。戦車の開発もやってたんじゃ。
出典:ウィキペディア ポルシェ本社
本社はドイツ南西部のシュトゥットガルト
設立:1931年 代表者:ウォルフガング・ポルシェ (会長)、オリバー・ブルーメ(CEO)
関係する人物:フェルディナント・ポルシェ、フェリー・ポルシェ
元はフォルクスワーゲン・タイプ1を設計した技術者フェルディナント・ポルシェにより、デザイン事務所として設立された(設立年については1930年、1931年と諸説あり)どうりでフォルクスワーゲン(カブト虫)とポルシェの初期型は似ているわけじゃ。
出典:ウィキペディア 1953年式 ポルシェ356ロードスター
1948年9月には息子であるフェリー・ポルシェによって356.001が製造・販売され自動車メーカーになった、その後、高級スポーツカーとレーシングカーを専門に開発・製造し、中でも1963年に発売されたスポーツカー「911」は代表的な車で改良を重ねながら製造・販売されている。
ポルシェのカタログ
日本正規ディラーだった三和(ミツワ)自動車が発行した総合カタログが有るので、見てみよう。
当時のポルシェの各車が並んでいる、下のマークはポルシェのエンブレム(紋章で、本社のあるシュトゥットガルト市とバーデン=ヴュルテンベルク州の紋章を組み合わせたものとなっていて、中央の跳ね馬はシュトゥットガルト市の紋章、その外側の左上と右下にあるギザギザした模様はバーデン=ヴュルテンベルク州の紋章に描かれた鹿(の角)を表しているんじゃ。
上は911、赤いのは928
右の赤いのはポルシェターボのリアウイング。
まずは比較的安価なポルシェのポルシェ924じゃ。
2000cc、4気筒水冷フロントエンジンのいたって普通のレイアウト。
安価なのは良いがポルシェの特別感が薄れた感じがした。
軽快な356の再来を狙った様じゃ。911は高くなりすぎて、日本車の安価なフェアレディーZなどがもてはやされるのに対抗した感じ。
マツダRX-7も安価なポルシェのポジションを狙った感じだが、スタイルまで似てきてた。
スタイルがやや保守的になったかなって気はした。
機能優先のインテリア、ドイツ車らしい生真面目な作りじゃ。
フロントエンジン・リアドライブ、ドリフトだってできちゃう?
2000ccで115馬力だからおとなしく、雰囲気を楽しむスポーツカーだった。
ポルシェ911
カエル顔の911こそポルシェと言える形をしている、1963年に356の後継車としてフランクフルトショーでプロトタイプが登場し、初めは開発コードそのままの901だった。
空冷水平対向のエンジンを後部に積んでいる。
カタログは1978年モデルじゃ。従来の911Sに当たり内径φ95 mm×行程70.4 mmの2,994 cc、930/17型エンジン。ボッシュのKジェトロニック、圧縮比8.5、180 PS/5,500 rpm、27.0 kgm/4,000 rpmだった。
年々排気量が大きくなり3000ccになってる、初期の軽快感より重量級の高級車になって行った。
エンジンをフロントに積んだ924と928の人気がいまいちなのを、それとなく語っているように見える、空冷リアエンジンでなければポルシェじゃないって客も多かったはず。
迫力のターボ登場、巨大なリアウイングはポルシェターボの代名詞になった。
最高出力265馬力、当時は驚きのパワーだった。そしてターボという言葉を定着させた事も大きい。内径φ95 mm×行程70.4 mmで2,994 cc、圧縮比6.5の930/50型エンジンを搭載、ボッシュKEジェトロニックとブースト圧0.8気圧のKKK製ターボチャージャーで260 PS/5,500 rpm、35.0 kgm/4,500 rpm。豪華な内装をもつ高性能スポーツカーとして高価格ながら販売は好調だった。当時はスーパーカーブームでその一画にポルシェターボもあったんじゃ。
シルバーのターボ、右は928の後部、左は924。ターボの存在感は格別じゃ。
1976年発売の日本仕様は低公害化の昭和50年規制適合のために245 PS/5,500 rpm、35.0 kgm/4,000 rpmだった。
大パワーに対応するためのタイヤを納めるワイドフェンダーも持ち、全幅は1,775 mmまで拡げられたがこれこそポルシェターボのお約束になる。
止めてから発進して5.4秒後に100Km/hになる加速が出来る。
トランスミッションは当初4速MT930型であり、ポルシェは「ありあまるパワーには4速で充分」と説明したが、「ポルシェシンクロトランスミッションの許容量がターボのトルクとパワーに耐え切れず、やむなく4速にした」というのが真相らしい。
ターボの次は911の中でも個性派のタルガトップの登場。
緑色がタルガトップ、天井部だけがオープンになる。
おしゃれだけどオープンになり切らないのとメッキの柱の為か好き嫌いが分かれるようじゃ。
シンプルな室内、日本車みたいに飲み屋の内装みたいにはならない。
赤はターボのリアウイングを上から見た写真、全面が換気のルーバーになってる。
海辺をタルガトップでドライブしたいな。
レース仕様のターボは更に過激じゃ。
とりあえず4人乗れるスポーツカーと言うのがポルシェらしい。
4人乗って長距離はキツイけどね。
ポルシェ928
アメ車的なポルシェ928 V-8水冷OHC 4,474cc 230馬力
カエル顔の911のライト部を平面にした感じ、911意外を模索したんじゃ。
出典:ウィキペディア ポルシェ928
このライトが特徴的だったけど・・
出典:ウィキペディア ランボルギーニ・ミウラ
ランボルギーニ・ミウラに似ていると思った人は多かったはず。
衝撃吸収バンパーも流行った、安全や低公害を求められ、どのクルマも元気が無かった時代。
ダイナミックなコクピット、新車時は、お高かったと思われる。
けっこうなお金持ちじゃないと買えません。
フロントエンジンのV-8、やはりアメリカ的だった。
リアも印象的だけど、911ほどは受けなかったみたいじゃ。
日本の販売代理店は三和自動車だった。
銀行名と紛らわしくて後にミツワ自動車になる。
自動車の輸入販売会社「三和自動車(みつわじどうしゃ)として昭和30年代に設立され、その後、高度経済成長の波にのって事業を拡大、ポルシェの輸入代理店として、1994年には206億円を売り上げていたがドイツポルシェAGが設立した日本法人ポルシェジャパンは1997年で輸入契約を解除すると通告し12月末でポルシェの輸入業務から撤退した。
今回はポルシェのカタログを楽しみました。
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